5.母親が惚れた男
私が小学低学年の頃、母親は幾人かの男性を家に連れてきては私達子供に会わせた。
妻のいる柄の大きい男、ケーキ屋の男、そして次に連れてきたのはブランドショップを経営していた松山さんという男だった。
母親は私に自分の連れてきた男にいい顔をするように教えた。
従わなければ機嫌が悪くなる。だから、必死で愛想を振りまくようになった。
夜ベッドに入る前に母親は、「松山さんにおやすみのキスは?」と、私に言った。
母親は笑っていた。
松山さんと仲良くなるために一緒にお風呂へも入った。
なぜ私が、このようなことをしなくてはいけないのか?少し疑問に思ったが‥母親の指示だ。逆えるはずもない。
初めて女性と男性の体は違うと思った。
私は松山さんをみることができず、視線をずっと下向けていた。松山さんにお風呂から早く上がって欲しいと心から願った。
松山さんはとても優しいいい人ではあったが、母親にとっては物足りない男だったようだ。
松山さんはお金を持っているし家を買ってあげるとプロポーズされたようだったが、母親はつまらない男と再婚なんて冗談じゃないと言った。
そして松山さんと別れることになった矢先、母親に新たな男ができた。
今回の人は母親がかなり惚れた男らしく、今までの人への対応とは大雲の差だった。
名前は憲(ケン)
憲は、母親が働く水商売のお店で出会った客だった。
お客に惚れるなんて、言語道断だが憲という男は危なげな男だった。
いかにも母親が好きそうな男だ。
はっきりとした目鼻立ちにがっちりとした体に土木関係の仕事で焼けた肌、そして35歳の母親よりも8歳も年下だった。
母親のタイプど真ん中の容姿の憲に夢中になるのに時間はかからなかった。
憲は土木関係の仕事をしながらバーテンダーの仕事をしていた。母親と会う時間をつくるため憲はすぐに一緒に住み始めることとなる。
その頃私は小学5年生になっていた。
憲という男、この男を私はあまり良く思っていなかったが、一緒に暮らすことに対して嬉しそうに振る舞った。
全ては母親のために。
憲と一緒に暮らし始めたある日、母親が突然私に言った。
「妊娠したかもしれないわ」
私はその瞬間とても嫌な気持ちになった。
母親の愛情を赤ん坊に奪われてしまうかもしれない。こんなに母親に尽くしているのは私なのに、愛する人との間に生まれた赤ん坊に、前の男との間にできた子供である私は当然負けてしまうだろう‥と思った。
嫌な表情をしてしまった私に母親の表情も一変する。
「なに気に入らん顔してんの?うっとうしい!」そう言い放ち怒り心頭してしまう母親。
言いようのない気持ちが溢れてくる。
憎い気持ち、怖い気持ち、不安な気持ち、見捨てられる感覚。
またあの感覚がくる。
私は、一人だ。
母親は、私を愛していない。母親が、愛しているのはあの男。
あの男に母親の愛を取られたと感じた。
結局妊娠は母親の勘違いであり、また同じ日々が戻ったが、私の中で芽生えた感情や、母親に対する思いは日に日に幼少期のそれとは違っていた。