myfamの実話録

最悪を知るからありふれた幸せを知ることができる

4.決死の防衛反応ー9歳ー

 

他人の不幸な生い立ちなんて誰が聞きたいだろう。

 

不幸なおとぎ話にも必ず胸が温かくなるようなエピソードがある。

 

否、不幸だからこそ、みつけだせる‥そんなエピソードがある。

 

私はその見え隠れしている、シークレットエピソードを探し続けている。

 

ーーー

 

小学生低学年の時の事だ。

 

私は姉と母親と近くのデパートへ来ていた。

 

 

私はとても人見知りで人と話すことがすごく苦手な性格だった。

 

見た目も肩まで伸ばした黒のストレートヘアに地味な服装。

 

そして大人しく、俯き加減で歩く。

 

まるで日本人形だと言われるような容姿をしていた。

 

そして、自分の空想世界に浸り知らない間に時間が過ぎていることがしばしばあった。

 

その時も、私は姉と母親から離れふらっと一人店内の品物をぼーっと眺めていた。

 

その時

 

悲劇は起こってしまったのだ。

 

突然、私を覆い尽くす気配を感じたが振り向くことができない。

 

ただ言いようのない恐怖で体がすくむ。

 

何かがおかしい。

 

私の背後には知らない男性がいる。

 

俯き加減の私から背後にいるであろう男の靴とジーパンが見えている。

 

私が自意識過剰なのかもしれない。

 

声を出したくても動けない、声も出ない。

 

声を出して勘違いだったら?

 

戸惑っている私の耳に荒めの息が吹きかかる。


「○○○○舐めて」

 

耳元で囁く声と吐息だった。

 

その瞬間ぶわっっ!!!!!!!!!と冷や汗と鳥肌が立つ。

 

おぞましい言葉

 

まだそのような行為があること自体は知らなかった。

 

だけど、とてもいやらしいことを言われているということは子供ながらにわかった。

 

一瞬振り返った時に男の顔をみた。

 

20代〜30代の痩せ型の男性。目はぎょろっとしていたのを覚えている。

 

 

私はすくむ足を無理やり走らせその場から逃げた。

 

辛くて、怖くて、そしてとても恥ずかしく‥嫌な気持ちになる。

 

母親と姉の姿をみて無言で後ろについて歩く。

 

息がうまくできなかった。

 

私は家に帰るまで一言も言葉を出すことができなかった。

 

母親はそんな私の表情や態度をみて徐々に機嫌を悪くさせていく。

 

そして挙句に無言でいる私に怒りを露わにした。

 

 

言いたくない‥

 

だけど‥ママの誤解を解かなくちゃ。

 

私は重い口を開き、先程起こった出来事をぽつりぽつりと話し始めた。

 

恥ずかしくて堪らなくて顔から火が出そうなほどだった。

 

自分が何か悪いことをしてしまったような、そんな気分だった。

 

母親の顔は怖くて見ることができなかった。

 

俯きながら、全てを話し終えた私の瞳からは大きな大粒が流れ出ていた。ずっと泣くのを我慢していたのだ。

 


もし、我が子が得体の知れない男から性的な目でみられ、いたぶられた時‥通常、親ならどんな反応を示すのだろう。

 

きっと我が子の身を案じ怒りをあらわにし、そして何より我が子のメンタルのケアを最優先するだろう。


少なくとも私はそう、思う。

 


しかし‥

 

私の母親の態度は、私の思いとは裏腹に全く別の答えだった。

 


あろうことに我が子の身を案じるどころか「なぜもっと早く言わないのか」「今更言っても店に文句の一つも言えないしそいつはもういないだろう」「お前が悪い」投げかけられた言葉は私を責める言葉ばかりだった。

 

慰めの言葉は一切ない。

 

 

私は犯人探しがしたいんじゃない。


私はただ守って欲しかった。ただ、心配して抱きしめて欲しかった。

 

ただそれだけだった。


9歳の私のそんな小さな願いすら、この母親には届かない。

 


我が子を守ることが叶わなかったのであれば、もっと我が子を守れなかった不出来な自分を責めるべきなのではないだろうか?

 

少なくとも今の私はそう思う。

 

 

しかし9歳の私はそこまで考える頭はない。だけど、この時胸がとてもざわついた。


それが、なぜだかはその時はわからなかった。

 


だけど‥言いようのない、とてつもない違和感を母親に対して感じていた。

 


今まで信じきっていたものが、今まで私の絶対の存在、絶対の鉄壁だったものが、ガラガラと音を立てて崩れていく‥そんな気がした。

 

ーーー

 

私に異変が起こりはじめたのはこの頃からだった。

 

 

苛々という感情はそれまでは、感じたことがなかった。

 

母親はなんでも言うことの聞く大人しく素直な人形のような私を愛していた。

 


「あんたは黙って私の言うことを聞いていればいい」「私の言うことを聞いていれば全てうまくいく」「人形のように反抗せずただ可愛くいればいい」


支配とコントロール、それが母親と娘である私の関係性の全てだ。


そこには母親曰く愛情がある。


それは、呪縛という名の愛像だ。

 


母親は子供が負の感情を出すことを決して許さなかった。


少しでも嫌な顔をすれば罵倒され、鬼のような形相になり、誰のおかげで生活ができると思っていると責められる。

 


私に許された感情はにこにこ笑うこと。


そうすればママは愛してくれた。


優しくしてくれた。


抱きしめてくれた。

 


私は愛されていたかった。

 

 

 

それなのに‥

 


9歳のある日、突然それは起こった。

 


抑制していたはずの感情が止まらなくなったのである。

 


今まで感じたことのない言いようのない激しい苛つきに吐気がし、どうしようもなく涙と汗で滲んだぐちゃぐちゃな顔を床に押し付け、頭をぐしゃぐしゃにかき乱し「ゔーゔーゔゔ」と呻き声を上げながら声にならない叫び声を上げた。

 


誰か、助けて!こわい!こわい!くるしい!いやだ!!!


そんな声にならない叫び声を上げても誰の耳にも届かない。

 


呻きながら狂ってしまったように、自らの腕や足を引っ掻き続けた。

 


その瞬間。

 


私の中で何かが弾けるかのように、まるで魔法のように‥

 

先程の苛つきや不快感が、さーーーっ!!!!!と波が引くように治っていく。

 


そして‥

 


しーーーん‥と静寂が広がった。

 

 

 

私はまるで壊れた人形のように瞬き一つせず放心状態となる。

 


何分ほどそうしていたであろうか。

 


自分でも覚えていない。

 


だけど、確かに頭を破壊するようなあの酷い苛つきは、自らの爪を立て与える痛みによって跡形もなく消えてなくなったのだ。

 


私の中ではその意味などわからない。

 


それがどういうことなのかも考えることすらしない。

 


ただ不快感が痛覚刺激により消失した。

 


それがその時の私の全てだ。それだけが事実だった。

 


排泄物からの不快感から逃れるために泣く赤子のように、耐えきれない不快感から逃れるために自分自身を傷つけることを学習してしまっただけなのだ。

 


私は開けてしまったのだ。否、開けさせられてしまったのだ。

 


パンドラの箱を‥

 


それが今後私の人生を大きく変えてゆく悪魔の囁きだとは知らずに‥。